降低日本勞動生產率的理由之一是“互助精神”_風聞
龙腾网-2020-08-24 17:26
【來源龍騰網】
正文原創翻譯:

日本の労働生産性を低くする理由の1つは、「助け合い精神」
降低日本勞動生產率的理由之一是“互助精神”
日本は諸外國と比べて、労働生産性が低いことが課題とされています。
日本生産性本部(※1)の調査によると、日本の時間當たり労働生産性(就業1時間當たり付加価値)は46.8ドル(4,744円/購買力平価(PPP)換算)で、OECD加盟36カ國中21位と先進國中最下位です。しかし、日本の人材スキルやテクノロジーが低いとは思えません。近年ではスーパーコンピューターの開発分野において、「富嶽(ふがく)」は世界一に輝いたばかりです(※2)。
日本和其他國家相比,勞動生產率很低一直是一個問題。
根據日本生產性本部《國際勞動生產率比較2019》的調查,日本的每小時勞動生產率(每小時就業附加值)為46.8美元(744日元/購買力平價(PPP)換算),在OECD加盟的36個國家中排名第21,在發達國家中排名最後。但是,我不認為日本的人才技能和技術很低。比如近年來,在超級計算機的開發領域中,“富嶽”剛剛榮登世界第一(※2)。
それでは日本企業の労働生産性を低くしているのは、一體何か? その正體は文化的なものによると考えています。
那麼,降低日本企業勞動生產率的到底是什麼呢?我認為其原形是由於文化方面的東西。
「殘業する人の仕事を手伝う」が労働生産性を下げる
“幫助加班的人工作”會降低勞動生產率
日本の中小企業に見られる光景として、「殘業している人の仕事を早く終わった人が手伝う」という光景です。
一見すると美しい思いやり、助け合い精神のように見えますが、その実労働生産性を下げてしまう危険な行為だと感じます。助けてもらっている側は業務効率が悪くても、ダラダラ仕事をしていても周囲が助けてくれるのが常態化することで改善する機會は永遠にやって來ません。
在日本的中小企業可以看到這樣的景象:“早點結束工作的人來給加班人員的工作幫忙”。
乍看之下是一種美麗的體貼、互助的精神,但實際勞動生產率卻降低了,這是一種危險的行為。得到幫助的一方即使業務效率不好,工作拖拖拉拉也會得到周圍人的幫助,這樣常態化下去,那麼那個人永遠得不到改善的機會。
また、最初はスパスパ効率的に仕事をさばいていたスタッフも、「どうせ頑張っても仕事が遅い人を手伝うことになるから」と、仕事をしているフリをして退社までやり過ごすという光景があります。
そうなると、ドンドン全體の労働生産性は低くなる一方ですから、負のスパイラルを止めなければ、いつまで経っても生産性は低いままなのです。
另外,一開始工作效率很高的工作人員也會説“反正努力了也要幫助工作慢的人”,不如裝作在努力工作的樣子一直幹到下班就好了。
這樣的話,慢慢地整個公司的勞動生產率就會越來越低,如果不停止這種惡性循環,無論過多久生產性都會一直很低。
「そうはいっても、特定の人に膨大な仕事が集中し、結果として殘業になるケースも有る」
と反論があるかもしれません。しかし、これも助け合いをすることが労働生産性を下げる要因になる可能性があります。
“話雖如此,但是特定的人集中了大量的工作,所以結果肯定會有加班的情況。”
可能會有這樣的反駁。但是,這也有可能成為降低勞動生產率的主要原因。
特定の人だけが殘業をしている狀態が続けば、「殘業削減の必要があるのでは?」とメスが入り、そこで業務分擔の見直しが図られたり、効率アップにつながる施策が出るのではないでしょうか。
如果特定的人繼續加班的話,“就有必要削減加班吧?”有了這樣的情況,那就要因此來重新考慮業務的分擔,也可以採取提高效率的措施。
ブラック企業は労働生産性が低い
黑心企業的勞動生產率較低
誰もが絶対に入りたくないと考える、「ブラック企業」ですが個人的にこの手の企業はすべからく労働生産性が低いと感じます。
ブラック企業の定義は、「殘業が多い」「休日出勤がある」ということではなく、「労働に対する相応の対価を支払わない」だと考えます。忙しい業界で殘業が多くても、きちんと殘業代が満額支給され、36協定が遵守されているならその會社はブラック企業とはいえません。
“黑心企業”是誰都絕對不想進入的,個人感覺這種企業的勞動生產率很低。
黑心企業的定義不是“加班多”“休息日加班”,而是“不支付與勞動相應的報酬”。即使在繁忙的行業加班多,也會按時足額支付加班費,如果遵守36協定的話,那家公司就不能説是黑企業了。
そうではなく、サービス殘業、持ち帰り殘業、サービス休日出社がブラック企業だと思うのです。つまりブラック企業の経営者は、従業員の労働力を使い放題です。労働生産性を高める必要はなく、現場で助け合いをして全體的な業務効率が悪くてもメスをいれるインセンティブが働きません。
不是那樣,我覺得服務加班、打包加班、服務休息日加班是黑企業。也就是説,黑企業的經營者可以隨意使用員工的勞動力。不需要提高勞動生產率,在現場互相幫助,即使整體業務效率不好,也不需要動手術刀的激勵。
殘業代を支払わないなら、毎日従業員が定時に帰るより、可能な限り長く働かせる方が経営者も得ですから、さばききれないほどの業務を振り、抜け駆けして退社する人に「早く終わったなら頑張っている人を手伝いなさい」となりますから、ますます労働生産性は低くなる一方です。
如果不支付加班費的話,與其每天工作人員按時回家,不如儘可能長期工作,這樣經營者也會有所受益,所以對於那些快速處理完自己工作,然後急忙下班的人,會對他們説“如果工作提前做完的話,就請幫助正在努力的人”,所以會越來越多的人開始划水,勞動生生產性越來越低。
労働生産性を高めるために必要なのは「解僱」
為了提高勞動生產率,必要的是“解僱”
このようなことを言うと、思い切り批判されてしまうかもしれませんが、個人的には労働生産性を高めるためには、あまりにも守られ過ぎな正社員の僱用を見直すことが必要だと感じます。
説出這樣的話,可能會被狠狠地批判,但是我個人覺得為了提高勞動生產率,有必要重新審視那些太過於遵守規則的正式員工的僱傭情況。
過去記事「日本で「ブラック企業」を生み出しているのは経営者ではない!? その理由とは」で書かせていただいたのですが、日本の正社員は法によって過剰に守られており、僱用したら最後、會社にとって僱用コストがリターンを上回る構図でも簡単には解僱が出來ません。それにより、「窓際族」「追い出し部屋」のような日本獨自のガラパゴスビジネス慣習が生まれているものと考えます。
過去的一篇報道——“在日本創造出‘黑心企業’的並不是經營者,其原因是……”上面有寫到,日本的正式員工受到法律的過度保護,僱傭後就必須僱傭到最後,對公司來説即使是僱傭成本已經超過了所得回報,但也沒辦法輕易地就把人解僱了。因此,產生了像“窗邊族”“無聊房間”這樣的日本獨有的坐窗邊划水的商業習慣。
米國においては、日本より圧倒的にカジュアルに解僱されます。しかし、解僱されることが必ずしも悪いことではなく、解僱された本人は労働生産性を高める努力を怠らず、また自らの適正に合う仕事を模索することになりますから、僱用機會の最適化が図られることになります。
比起日本,美國那邊想解僱人壓倒性地容易。但是,被解僱並不一定是壞事,被解僱的人不會懈怠於提高勞動生產率的努力,而且還會摸索適合自己的工作,所以會謀求僱傭機會的最優化。
労働生産性が低くても問題にならず、それをアシストさせられる有能な人が割りを食う構図の方が問題だと思いますから、正社員の僱用制度を見直し、能力にあった適正な仕事に就ける機會を増やすことが本人にとってもメリットになると考えます。
我認為即使勞動生產率低也不會成為問題,打造一個這樣的結構:工作中能有一定比例的人有能力可以協助其他人工作,這才是問題所在,所以要重新審視正式員工的僱傭制度,增加能找到適合自己能力的工作的機會對本人來説也是一個好處。